その夜はやけに長かった。
真っ暗闇の中にオレはたった1人。 おまけに嵐みたいに強い風が部屋の窓を打って、がたがたと気味悪い音を響かせ続けた。 イライラするせいでやけに目が冴えてしまい、結局一睡も出来ず終いだった。
いつの間にか雨も風も止み、そして朝が来てしまっていた。
自分でもわかってる。本当は雨風のことなんてこのオレが気にしていたはずがないことなんて。 ただオレは自分に突き付けられた現実が受け入れられないだけなのだ。 オレが を想ってしまっていること。 そしてあいつがまだスクアーロを忘れられないでいること。 そして何より がオレの目の前から消えようとしていること……。




















身仕度をするのに自分の顔を見ると、昨日と同様……いや、もっと酷くなっているかもしれない。 誰だ?と思わずそう問いたくなるほどオレの表情はオレらしさを失ってしまっていて、死人のそれに近い。
人は、愛だなんてくだらないものの為に命を賭す。愚かだ。かつてのオレなら一蹴できた。
けれど今は……?
気持ちではそうありたいと願ってしまっている。自分でも愚かだと笑ってしまう。
そんな感情ごときのせいで、己がこんな状態になってしまっているのを目の当たりにしても、だ。




















の部屋の前を通ると、あいつはすでに荷物をまとめ始めていて、段ボールのうちの幾つかは部屋の外に出されていた。 ドアの隙間から見える、黙々と無表情で荷物を詰め続けるあいつにオレは話し掛けられなかった。
オレはドアの前で立ち尽くすことしかできなかったのだ。






























「あぁ……ボスでしたか。」





はそう言うと段ボールを2箱床に置いた。





「もう荷物はまとめ終わったので後は出るだけなんです。」





隈ができていて青白い顔で は笑った。 無理矢理作ったそれは、痛々しい表情だから笑顔とはとても呼べる代物ではない。 ずきんと胸を痛ませる効果を持つものだ。





「じゃあ後で挨拶に伺いますね。」





はそう言うと、部屋に入ろうとした。




















「ボ、ス……。何ですか……?」





気付けばオレはドアを抉じ開け、 の手を引いていた。
オレは頭の中が真っ白になっていて、カスになった気分だ。





「……ボス?」



「…… 、やめるな。」



「何でですか?あたしこんな所にいても辛いだけじゃないですか……。 この場所の至る所にスペルビとの思い出がいっぱい詰まっていて、彼のこと、忘れたくても忘れられないじゃないですか。」



「……。そんなことはわかっている。今やめられるとオレが困るんだ。」



「ボス、あなたは相変わらず人の気持ちなんて考えないで好き放題なんですね。 それにあたしなんかがいても邪魔になるだけじゃないですか。」



「お前は……いるだけで十分なんだ……。」



「えっ……。」



「スクアーロのことも忘れなくていい。お前の心の中でずっと生かしてやればいい。」



「……。」



「確かにお前の心の中にはまだあいつが残っているだろう。 お前はあいつとの思い出だとか、そういうモンを守りたいときっと思っているだろうからな。 でもそれは思い出に過ぎない。 あいつは死に、この世から消えたからだ。今、お前はまだスクアーロのことが思い出でしかないってことをちゃんと理解していないだけだ。 スクアーロとのことを、オレがちゃんと思い出にするから……。 お前を縛っている苦しさはオレが壊すから……。」





は眼に涙をいっぱい溜めてオレの方を見た。





「でも、ボス……。」



「オレがやらなきゃどうすんだよ。」



は嗚咽混じりの盛大な泣き声をあげ始めた。





「もう1回お墓につれてって……。」と嗚咽交じりに言ったのが、本当につらくて苦しくてほんの少し、オレと を前進させた。






























オレと は花を買ってスクアーロの墓へ行った。
は花を供えると、墓石を撫でた。
その手つきが愛おしむような(そして実際愛おしいのだろう)もので、またもオレの心をチクリと痛ませた。





「スペルビ……。あの家、もう住めないみたい。」





は静かに、言った。
風がもう少し強かったら、きっと飲み込まれてしまったんではないか、と思ってしまうような、か細い声。





「あたし、スペルビには話せるなこと全て話したと思ってた。
でもね、あたしまだスペルビと話をしたいと思ってる。
できればもう1度抱き合って、また会えたねって言えたらいいと思う。
でもあなたを待っていることはどうやらできないみたい。
時は過ぎる。人は歩く。心は流れる……。
だからあたしはもう行きます。
あなたが面影だけでもいいから、あたしの傍にいて、笑ってくれていることだけをあたしは願います。
さようなら、スペルビ。」





あたしの愛しい人、と最後に呟くように は言うと、もう1度墓石を撫でた。





「ばいばい。」



それは君が守り僕が壊すためにある
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