「ミサキがいてくれたらなって思うことはよくあるよ……。それは当然だろ?オレはミサキを愛していたんだから……。」





そういって父はテーブルにグラスを置いた。 液体がなくなっていたグラスの中で、氷がカランと音を立てて回った。妙に寂しい音だ。
ドアの隙間から見える父の表情も酷く淋しそうだった。
父の隣にいる客の男は父と同じ組の人で、いつも一緒に仕事をしている人。気のいい男で、家にもよくやって来ていた。
いつもは豪快に笑うのに、今日は彼には似合わない神妙な顔をしている。





「でもお前は納得していたじゃないか。」



「そうだ。それにオレはその決断は正しかったと思ってる。 けど、だ。正しいとわかっていても、どこかで引っかかってしまうことってある。そうだろう? あのときのオレはミサキの願いを叶えてやることこそが彼女の……オレたちのために1番だと思った。だからこうしたんだ。 ミサキが……ミサキが、たとえ死んでも子どもを産みたいと言ったから。」





あたしが落としたティーカップは鋭い音をたててフローリングの上に散った。










ACT.8











「……夢、か……?」





酷い目覚めだ。
は額の汗を拭う。
まだ時刻は6時。けれどももうすでにしっかりと朝日は昇り、静かな街を照らしている。










昨日は学校が終わった後、骸たちの尻尾を掴むための情報収集で帰りが遅くなってしまったため、あまり眠れていない。
洗面台の前に立って は自分の顔を見て、思わず「うわぁ……。」と言ってしまった。 目の下には隈ができてしまっていたし、肌に触れるとすっかり荒れてしまっていた。










不良たちのネットワークは広い。 いつだって世間の裏だとか闇だとか言われるトコロというのは広くてみな結局は繋がっている。 1つ掴んでしまえば、残りはほとんど全て手繰り寄せることが出来る……。
が昨日の調べでわかったのは、黒曜中をシメているグループに変動があったということ位だ。 周辺のほかの学校にはコレと言った動きはなく、逆に言えば黒曜中に骸たちが入った可能性は高い。
黒曜中は元より荒れた学校だとの話なのだから、もし骸たちが黒曜中に入っていれば、彼らにとってはさぞかし動きやすかっただろうと は推測する。
ひょっとしたら骸たちのほうからわざわざケンカを吹っかけなくとも、元々いたグループの連中の方から手を出してくる位じゃなかろうか……?
はアーリー・モーニングティーを飲みながらぼんやりとそのようなことを考えた。






























土曜日だからだろうか?繁華街に入ると、人が割合多い。
今日は男装はしていないから、並中生や風紀委員に出くわしてもなんら問題はないが、それでも は気を遣う。 多幸のことをコソコソかぎまわっていることはバレるよりも、男装がバレた方がかなりこの先動きづらくなることは目に見えているからだ。










「お嬢!」





擦違い様に若い男が声を上げた。
は今時お嬢ってどこのヤクザだよー。なんて思わず噴出しそうになり、同時に彼に呼ばれた”お嬢”に同情する。
けれども男は通り過ぎようとした の方を叩いた。
が驚いて振り返ると「お嬢……。」と、先程の声で彼は呼ぶ。





「は……?」



「あっ!いえ、その……すいません。間違えました。人違い、です。」





彼はあからさまにがっかりして、 と反対の方向へと進んでいく。










不思議な男だ。
彼はまだ暑いのに、黒のスーツを着ていて、いかにもその道の人、という感じだ。
それなのにゴツい指輪をはめられたその手は、ひどく大きくてあったかかった。










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