僕、何か詐欺に遭ってるんじゃないかなぁと一瞬疑いたくなるほどに、行き当たりばったりで泊まることになったこのホテルは安い。
確かに多少建物は古いのだが、しっかり掃除も行き届いていてきれいだ。 部屋もそれなりに広い。サービスはいたって普通。あんまりかいがいしくされるのは好かない僕にはちょうどいい。
つまりそれを差し引いても安い、と僕は思った。
普段僕は結構綿密に計画をたててやりたい方なんだけど、こういうことならこんな風に行き当たりばったり流れに身を任せてみるのもたまにはいいかもしれない。






























荷物を運んできたボーイに向かって、僕は「ねぇ。」と話しかける。
彼は「はい。何でしょう?」と物腰柔らかにイタリア語で答えた。
僕が受付でイタリア語を話したからだろうか……?
彼の容貌はどう見ても日本人なのに。





「僕、日本人なんだけど。」



「あっ、やっぱりそうでしたか?」



彼はそう言うと「実はそうじゃないかと思っていたんです。」と照れた様に続けた。





「君、名前は?」



「沢田です。」



「それは名字。」





僕が鋭くそう言うと、沢田は苦笑しながら「綱吉です。」と答えた。





「綱吉。」



「は、い。何でしょう?」





綱吉はこんな風に呼ばれることに戸惑ったのか困ったような顔で答えた。





「僕、飽きるまでここにいるから多分長い付き合いになる。よろしくね。」



「あっはい。よろしくお願いします。」





綱吉は出ようとしてから「あっ!」という声を上げると、再び部屋の中に入ってきた。





「……何?」



「あんまり滞在期間が長くなるようでしたら、アパートみたいに借りることもできますよ。」



「へっ?」





僕は突然のことに頭がついていかなくて、思いっきり間抜けな声を上げた。





「あっ、いえ……ものすごく滞在期間が長くなる方がたまにいらっしゃって、そういう方々のためにとオーナーが……。」





迷惑ならいいんです、と綱吉は自信なさそうに言った。
まるで小動物だな。





「いいよ、じゃあ僕もそうしよう。期間は決まってないんだけどどうしたらいいの?」



「あっ、あの、オーナーとの交渉になるんですが……オーナーが不在で。」



「ふーん。じゃあ明日でもいいよね。ちょうどよかった。僕ももう休みたかったところだし。」



「あっ!そうだったんですか!?失礼しました。」





綱吉はすごく慌てた様子で今度こそ部屋を出て行った。
僕はそれを見届けると、部屋の窓を開けた。生温い潮風が部屋の中に吹き込んでくる。
深い青翠の海はきれいだと思った。





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