並盛での生活も悪くなかった(むしろたいへんよかった)んだけど、ある日突然並盛を出てしまいたくなってしまった。 (いや、正確には『出ざるを得なくなった』と、言うべきだろうか……?) 理由は簡単。 どうにもこうにも筆が進まなくなってしまったのである。 作家という職業柄、常に新しい刺激が必要で、特に僕が書いているミステリーなんていう分野は、下手をすると前と同じような展開になってしまう。 (まぁ同じ人間がいぃ!と思うモノを書くわけだから、当然と言えば当然なのだが……。) でも読者のことを考えるとそうもいかない。 違うモノを書き続けなければ彼らは飽きてしまうからだ。 なんて面倒なやつらだ。こちらはエンターテイメントを提供してやっているというのに。) そうなってしまうと、書くことによってお金を稼ぎ、ご飯を食べている僕は、本が全く売れなくなってしまったせいで極貧生活を送る……なんて羽目になりかねない。 ……考えただけで嫌だ。寒気がする。 僕は万年筆をくるくると回しながら、新しいアイデアが浮かばないかを考えていたはずなのに、 いつの間にか自分の今抱えている不満や、未来への不安を愚痴る形になってしまっていた。 ……なんて格好悪い。 陽の当たらない不健康そうな青白い蛍光灯の下で考えているせいか、余計に今まで考えていたことが卑屈に思えてきた。 カーテンと窓を開けて光と風を入れようとした。生温い風は入ってきたが、外はどんよりとした曇り空だったせいで、ぼんやりとした明かりが入ってきたにとどまった。 僕は溜息をつく。 その数秒後、マナーモードにして机の上に無造作に置いてあった携帯が、ベブァァァァァみたいななんとも文字にしにくい音をたてながら震動した。 手に持つとその震動の感覚は全身に渡った。なんだか、えっち。 ……僕って最低。 「何?」 口から出てきた声は拗ねた子どもみたいで、不機嫌丸出し。 『あの、次の作品の構想練って頂けたでしょうか……?』 今の声のせいだろう。 かつて、風紀委員会で同じだった頃僕の右腕だった男手、現在角山書店で僕の担当をしている草壁はいつも以上に下手に出ながら言った。 卑屈だなあ、こいつ。しばらく会いたくないなぁ。 ただでさえ今の僕って卑屈なのに、尚更だよー。 「まだだよ。全然浮かばない。」 『そ……そうですかぁ。』 あからさまにがっかりした様子で草壁は言った。 大変だろうなぁ、草壁。我ながらこんな作家の担当になんてなりたくないよ。 『あの……先生。』 僕は君に何も教えてないよ、なんて言葉が出てきそうになったけれど、あまりに虐めすぎかなあと思ったから、僕は自重する。 っていうか哲、仕事のときは僕のこと恭さんって呼ばないんだよな。先生って呼んでるもんなー。 ……ってそれは僕も同じか。仕事のときは哲じゃなくて草壁って呼んでるけど。 「何?」 『取材旅行とか嫌ですか?』 「取材旅行?」 あまりに唐突なアイディアに僕は思わず聞き返す。 『いや!先生の気が進まないならいいんです。ただ……先生最近疲れていらしたようですし。』 「君はそれでいいわけ?原稿どうするの?」 『最近取材旅行から別の先生が帰って来られたので紙面の心配はいりません。 それに先生のいい作品が読めるなら、それまでオレがなんとかします。』 僕の気持ちはその言葉で決まった。 |