ロマーリオに勧められるまま旅行に出ることになってしまったオレ。
戸惑いながらも渡されたチケットの飛行機に乗って着いた先はシチリア。
パレルモ空港に降り立ったオレは、まだ何もしていないというのに、なぜかひどく疲れていて、とても観光なんてする気分になれなかった。
オレはロマーリオから航空機チケットと一緒に渡されたロマーリオのオススメの宿の書いたメモを見る。
ヴィーナスという名のそのホテルはパレルモから車で40分ほどの距離にあるチェファルーの街にあるらしい。
オレはかつて1度だけ行った覚えのあるその街の風景を思い浮かべた。
ぼんやりとした輪郭に、赤と青の極彩色が塗られたイメージが脳内に色づいた。
オレは頭に風景を浮かべたままの状態でタクシーを呼ぶと「とりあえずチェファルーまで。」と言った。





「兄さん、1人でチェファルーに旅行なんて、もしかして略奪愛でもするつもりかい?」





運転手のおじさんは冗談混じりに言ったのだが、なんとも言いがたい。
苦笑しながら「そんなんじゃないですよー。」と言うのが、今のオレには精一杯だった。
おじさんは何かを察してくれたのか、黙って車を発進させた。 その瞬間にオレの身体は背中側にぐん、と引き寄せられた。






























10分位たった頃だろうか……?
運転手のおじさんは突然今まで流していたラジオを止めた。





「兄さん……実はオレはなぁチェファルーの出身なんだ。」





オレは黙って相槌を打つ。





「大学は本土の大学に行ってさ、今思えばあの頃は都会に憧れてたのかな……親に苦労させた学生生活だったよ。 でさ、就職もあっちでしたんだ。恋人も向こうで作った。 けどな、恋人にフラれてからオレの人生は変わってしまったよ。仕事が上手くいかなくなってクビになっちまったんだ。」





オレは何だか自分のことを言われているような気になって、鳩尾の辺りがどくんとした。酔ってるわけでもないのに吐き気がした。





「オレは地元に戻って実家の手伝いをすることにした。な、本当に都合のいい野郎だろ?」





オレは何て言ったらいいかわからなくて、その場しのぎの苦しい笑みを浮かべた。





「チェファルーに戻って色々なことが取り戻せたよ。家族を思う気持ちだろ、そして恋人もな。」





おじさんはオレに向けてウィンクをした。
……さっきとは違う意味でオレは何て言ったらいいかわからなくて、またもその場しのぎの苦しい笑みを浮かべた。





「チェファルーはいい所だ。兄さんも今度は素敵な恋人捕まえるんだよ。」





ところでチェファルーのどこだい?とおじさんは軽くにやつきながら聞いた。





「ヴィーナスってホテル知ってますか?」



「あぁもちろんさ。あと10分もあれば着くよ。」





おじさんはそう言うとハンドルを切った。
海が西陽を受けて煌めいていた。





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