オレはまるで魔法で吸い寄せられるかのようにして彼女に出会った。










ライン川沿いにあるその町で は1人で住んでいる。 彼女はバーで働いていて、そのバーはいつも賑わっていた。 彼女があまりにも美しいために、一目みたいという客が途絶えないためらしい。 実際に はとても綺麗だ。綺麗という言葉でくくるしかできない自分のボキャブラリーの少なさに腹が立ってしまうほどに。 例えば陶器の様に白い肌、長い髪と大きな瞳はどちらも漆黒で、夜の街に溶け込む。 顔は端正なつくりをしているが、どちらかと言えば童顔の部類に入る。 夜の仕事をしているというのにどこかミスマッチ。けれどもそこが彼女の魅力なのかもしれない。 ミスマッチといえば、童顔な顔つきと不釣合いなほど のスタイルは抜群で、妖艶、という言葉がぴったりと言える。 (レヴィには未来永劫見せるわけにはいかない)
とにかく はオレの目を惹きつけて離さないのだ。




















別に店のことだとか のことだとかをあらかじめ知っていて入ったわけじゃない。 ただなんとなくそこに酒が飲めるところがあったから入った。それだけだった。





「お客さん、初めてね。」



「あぁ。」





何も知らずに入った俺に はそう話しかけた。
閉店間際だったせいで店内には人はもうほとんど見当たらなかった。 多分いたとしても2、3人程度だっただろう。
店内は静かで、そのときのオレにとってはとても都合がよかった。 久々に気分が悪い殺しをした後だったからだ。
そういうときは誰かと一緒に飲むなんて気にはとてもならない。 特にベルやレヴィと飲んだら最悪だ。 まだボスにカス呼ばわりされながら水ぶっ掛けられたりしてる方が幾分マシと言えるだろう。





「ご注文は?」



「ジン。ライムをたっぷり搾って。」



「はいはい。」





なぜか彼女は楽しそうだった。 ひょっとすると のそういう態度も人を惹き付ける魅力の1つなのかもしれない。
そんなことをオレが考えている間に は手際よく酒を出した。





「お待たせしました。」





細くて長い指は白く、仄暗い室内では際立って美しく見えた。





「お客さんこの辺りの人じゃないね。南部の方の人?」



「……だったらなんだぁ?」



「あらやだ。怒らなくてもいいじゃない。何もないわよ。ただ知りたかっただけ。」



「……お前変わってるなぁ。」



「よく言われる。あたしは 。あなたは?」





くすくすと笑いながら言う。





「……スクアーロ。」



「そう。じゃあスクアーロさん、あたしたち同じ世界に住んでいる、そうじゃない?」





オレは驚いて の顔を凝視する。 彼女はにこにこと微笑むばかりで何を考えているのかまるでわからない。 こいつあたまおかしいんじゃねぇかとしかオレには思えなかった。





「あっ、意味わからなかった?あのね、あなた、人殺し、するでしょう?そして人殺しに絶望してるでしょう?」





ますますこいつ頭おかしいんじゃないだろうかと思ったのも束の間。





「でもきっとあたしの方が酷い。だから大丈夫。」





遠い目をしている 。 その瞳には歪んだオレの顔が映り込んでいて、その俺の顔があまりにも間抜け。
けれどそれ以上にオレの気にかかったのは、 今の今までオレに話しかけていたというのに急に自分の世界に入っていった、みてくれだけはいい女がますますわからなくなった、ということだ。 こいつは確実に頭おかしい。そうとしかもう考えられなくなっている。





「昔話、聞いてくれない?」





断るのは容易だ。そんなことわかってる。





「あぁ、どうせオレに選択肢なんてねぇだろうしなぁ。」





気が付けばオレはいつの間にか肯定の返事をしていた。
目の前の はくすくすと笑っている。 オレは返事をしたのはすこしでも面白いと思った自分のせいなのか目の前で妖艶な微笑を浮かべる美女のせいなのかがわからなくなった。





「信じる信じないはあなたの勝手よ。あたしは嘘みたいな本当の話を話すからね。」





はいはいとオレはいい加減な相槌打つ。 そろそろ酔ってきたのか先ほどから頭がまるで働かない。 それもこれも がさっきからオレのグラスが空になるとすぐに先ほどの注文と全く同じものをグラスがいっぱいになるまで、 ずっとオレに出し続けたりなどするからだ。 気が利くのか何なのか。 でもその行動はまるで(自意識過剰なのかもしれないが)オレを逃がさないようにするためみたいだった。





「あたしね、通り名があるの。聞きなくないかしら……?」





あぁ、とオレはいい加減に返事をすることしかできない。酒の飲み方がわからないわけじゃないのに。 まさかこんなことになるなんてなぁとぼんやり思う。
はそんなオレの顔を見て少し嬉しそうな顔をした。



……嬉しそう?








「あのね、あたしの通り名はね、ローレライっていうの。ライン川の魔女よ。」





頭が少し痛くなる。
オレは顔を上げるとここで初めて が金の櫛を頭に挿していたことに気付いた。





「昔あたしがまだ人間だった頃ね、恋人がいたんだけど、それがその男っていうのがまたダメな男だったの。 あまりに昔過ぎてもうなんでだかはわかんないんだけどあたし勢いあまってライン川に身投げしたのよ。」





笑っちゃうよね。何してんだか。あの頃は若かったなー。





オレは がさっきから何を言っているのか正直わからない。 頭が受け入れようとしない。突拍子がなさ過ぎるせいだろうか。 それともさっきからどんどん酷くなっている頭痛のせいだろうか。





「けどさ、よっぽど未練があったのか川の近くから出られなくなっちゃって、初めのうちは見境なく通った船を難破させたりして八つ当たりしてたの。」





もう頭がいたいことしか考えられない。





「けどね、そうだなー、50年位前からかなー?あたしも丸くなったのかな?見境なくっていうのはやめてね。」





水水水。水をくれ。
にはそんなオレの思いは無情にも届かない。
オレの意識はもう の話じゃなくて頭痛だけにしか反応しないらしい。





「気に入ったやつだけを引きずり込むことにしたの。」





スクアーロ、あたしあなたのこと気に入ったわ。





その瞬間、頭痛よりも寒気が走った。





ひさしぶりにかわのなかにつれていこうとおもえたわちょうどいいじゃないあなたのなまえすくあーろってことはさめでしょう? おいでなさい。あたしといっしょにかわのなかへ。









Lorelei










「なぁんちゃって冗談よ。」





そう言って破顔すると は「酔ったの?水、出すわね。」と言ってグラスに並々と水を注いで俺に出した。





嘘だ。その態度は。
あの寒気は本物だ。
オレはとてもじゃないがそうは言えない。