それは夏の日だった。 長らく入院生活を送ってきた が自宅療養をすることになったと聞いて、オレは の家を訪ねることにしたのだ。 インターホンを押した後に聞こえた の声がやけに嬉しくて、はーい。という返事しか聞こえてないというのに、 オレはドアを開け、珍しくかけてあったチェーンに面食らった。 (当然のことながら、 にはこの後大笑いされてしまった。) 外は燦々と照り輝く太陽によってとてもまぶしかったのに、 1人しかいなかった家の中は妙に薄暗く、そして寂しかった。 ( のお母さんが買い出しから帰って来ても、家は明るさを取り戻さなかった。 しんみりとした静けさだとか、穏やかさにも似た空気が悲しげに横たわっていて、それがオレには酷く淋しくて辛い光景だった。)
向日葵の花が好きだ。と は言った。オレも好きだったから、そのことを伝えると、 は自分で大事に庭で育てているうちから、オレのためにその場で1輪切って渡してくれた。 オレはありがとう。と一言言う。 はどういたしまして。と向日葵よりずっとパッと華やかな笑みを浮かべて言い、縁側に座り込んだ。 まだ退院したばかりの にとっては、たとえ短い間であったとしても、夏の日射しを浴びるというのは結構辛いことであったらしい。 の顔色は悪い。すっかり青ざめてしまっている。 の変わり様にびっくりしたオレが、水を持って来ようか?と聞くと は首を横に振った。



「了平。」



優しい音だ。オレはその日初めて の声を聞いたのだと思えた。
その3日後、 は容体が悪化して緊急入院することになってしまった。
面会謝絶だった。
オレは にもらった向日葵を眺めて過ごした。 どうやっておけば長持ちするかなんてオレには全然わからなくて、とりあえず家に置いてあった透明なガラスの花瓶に水を入れて、オレは生けた。
ようやく面会出来ることになったと聞いて、オレは の病室を訪ねた。 いらっしゃい。と明るく振る舞って言った の腕は、身体は、今まで以上にガリガリに痩せ細ってしまっていた。 顔色は相変わらず悪かった。 オレはそんな を直視するのが、ただただ辛かった。
は言った。『病院には造花でいいから向日葵を頂戴。暗い病室に太陽が欲しいから。』と。
が育てていた向日葵はそのときはもう枯れていた。 はそのことを知っていた。
は言った。『あたしが死んだら種を全部蒔いて。太陽は幾らかあっても足りない位人の心は闇ばかりだから。』と。
(こんなときでも他人を思う君がオレにはとてもせつなくて。)



向日葵
夏はまだ猛威を振るっていて、オレは目からも汗を流した。
花瓶の中の向日葵は力なく萎れ、首を垂れていた。