彼の傍にいると自分が何をどうしたらいいのかがわからなくなる。




















彼は今、ソファーに座って本を読んでいる。 ドストエフスキーの『罪と罰』。 活字が苦手なあたしはとてもじゃないが読む気になんてなれない。 その前のモーパッサンのに至っては題名さえも忘れた。
彼は博識。あたしは無知。




















「ねぇ、骸。」



「何ですか?
 飲み物なら冷蔵庫にお茶と牛乳とオレンジジュースがありますよ。
 あっ、コーヒーも紅茶もそろってますから。」





彼は本から目を離さずにそう言った。
そして流れるような動作で足を組み替えた。 指も滑らかな動きでページをめくる。 彼は足はめったに組み替えないが、 読むスピードはあたしなんかの10倍位速いから、 その美しい美しい動きを見るために、 あたしは指を思わず凝視する。





「いや、骸、そうじゃないの。」



「じゃあ一体どうしたんです?」





今度は栞を挟むと彼は一呼吸置いてからあたしを見る。




















やっと見てくれた……。




















途端に少し安堵を感じる。
邪魔をしたというのに彼の表情はとても穏やかで、 口元には笑みまで浮かべていたからだろうか……?
今のあたしには見当つかない。




















わずかな沈黙の後彼はあたしに向かって





「隣、座ったらどうです?」





なんていってソファーをポンポン、と軽く叩く。 あたしはもちろんそれに従った。
小さなソファーに2人掛け。
お互いの肩が触れるか触れないかという微妙な距離を保つ。
どうしたんだろう?
どんどんと安堵は大きくなって、不安はおとなしくなった。 さっきまでの胸のざわめきが嘘のよう。





「いや、やっぱり何でもないよ。気のせい気のせい。」



「嘘ですね。
 僕が言うのもなんなんですけど、嘘は駄目ですよ。嘘は。」



「……。」



「あっ、先に言っときますけど、僕、 さんになら何言われても怒りませんよ?」





再び沈黙。
骸はあたしの顔をじっと見つめている。 当然あたしは顔を背けるけれど、その後すぐに観念をして、 溜息1つついてから話し出す。










「あのね……骸ってあたしといて楽しい?」



「もちろんですよ。
 まぁ、楽しいというよりは嬉しいに近いですがね。
 えっ……もしかして さんはそうじゃないんですか……?」





彼の表情が曇ると、あたしはすぐさま弁解する。





「そうじゃないの。骸と一緒にいると何かとくわかんないんだけど不安になるの。
 あたしって馬鹿だしブスだしどんくさいし……。
 あたしって一緒にいても楽しいことなんて少しもないんじゃないかって。
 でもだからってどうしたらいいかわからないからどうにもできないの。」





最後の方は半泣き。
泣き虫、も足しておけばよかったと言い終わった瞬間に思った。
そしてそう考えた直後、骸の顔を見ると彼は笑い始めた。
それも微笑みなんかじゃなくて……










「何だ、そんなことですか。
  はそのままが1番素敵ですよ。
 何よりもかわいいじゃないですか。 おっちょこちょいな所も、もちろん。」





一瞬で顔が熱くなるのを感じた。










一体何をさらっと言ってるんだ、この人は。










あたしは水から揚げられてしまった魚みたいに口をパクパクさせていた。





「そういう所がかわいいって言うんですよ。」





今度は微笑みながら言う。











君が素直でいられるなら
今のままの君で十分です
。」




















せっかくあたしは感動していたというのに、 千種から後で聞いたのは衝撃の一言。





「それ、受け売り。」





あたしの感動を返せ。