あたしが想い、慕っていた彼方はもういない……。 彼が卒業してからまだ1週間しかたっていないというのに この苦しみは一体何なのだろうか……? 毎日何をしに学校へ来ているのかもわからず、ただただ足を運ぶだけ。 今までのあたしの学校生活というのは 雲雀先輩がいることによって成り立っていたんだということを改めて実感する。 想像していたものよりもずっと辛くて胸が苦しい。掻き乱されているかのようだ。 今日も昨日も一昨日も一昨昨日も、 あたしの教室の真向かいにあった先輩の教室ばかり眺めてしまう。 そしてまた(学習能力がないことに)闇の底へと突き落とされたかのように打ちひしがれてしまうのだ。 1番手前で1番後ろにあった先輩の席。 あたしの席からはいつでも見ることができたその席は今ではもう空っぽ。 仕方がない。 だって教室そのものが空なんだもの。 温かみなんて露ほどもない机と椅子が並ぶだけ。 みんながそう言う。 けど知らないだけなんだ。 風紀委員にまで入って、今更似合わないセーラー服まで着て、 先輩から聞かされたのはただの悲しい話だったなんてこと。 大学はイタリアの方へ行くよ。 仕事もいずれは向こうが中心になるだろうからね。 早いほうが都合がいいんだ。 そんなこと他に誰も知らない。 そう、草壁さんでさえもそうなんだ。 だって 応接室で初めて 2人きり になった……そのときにことだから。 このときにことは、きっとあたしは永遠に忘れない。 この日の落日のグラデーション、 空にまばらに、淋しそうに浮いていた雲の数まであたしは覚えてる。 「 !! どこへ行くつもりなんだ!まだ授業中だぞ!!」 気が付けば身体が勝手に走り始めていた。 先生の声は背中だけで受け止めた。 足は意識なんてして動かしてなどいない。 ただ身体が向かう方向へと行くだけ。 それはまさに導かれたといった感じ。 足がピタリと止まる。肩で息をしている。 そこはただ懐かしい……応接室だった。 先輩が去っていったその日が最後に此処へ来た日。 主のいないその部屋はまるで別の部屋に来たみたいに静かでよそよそしかった。 そしてそこからまだ沢山の卒業生が残る校門の辺りを見ると、やはり先輩はそこにいて…… その背中が酷く遠くに見えたんだ。 1人涙を溢してしまったのは秘密。 震えながらノブに手を伸ばし、ゆっくりと開ける。 そこは最初で最後の、先輩と2人きりになれた空間と本当にそっくりで…… 「まさか本当に会えるとは思っていなかったよ。」 思わず涙が溢れた。 逆光で顔が見えない。輪郭さえも涙で滲む。 でもその澄んだ声は間違いなく先輩のもので…… 「何で雲雀先輩が……」 涙のせいで上手く言葉が紡げない。 歩み寄ってくる先輩。 「やり残したことが1つだけあったことに気付いたんだ。」 そう言って先輩はあたしの頭にポン、と左手を乗せた。 先輩らしくもないのに。 「さよなら、言ってなかったよね。」 「……。」 思わず先輩を見上げる。 途端に手ははずされた。 待って!! 喉まで出かかったのに言葉は止まってしまった。 そして躊躇っている内に先輩は最後に1度だけ振り返ると、 窓から華麗に飛び降りて去って行った。 慌てて窓に駆け寄るも、眼下にはバイクに跨る彼。 行ってしまった……。 気紛れにあんなことしないで。 あたしから離れていかないで。 あんなことされたらどう見られているかわかんない。 愛してるの……?ただの後輩……? 忘れるなんて……ましてや嫌いになるなんてことできない。 だってまだ こんなにも想ってる……。 妖しく光る夕陽。 毒々しいオレンジ色に部屋を染める。 バイクの排気音はもう遠く過ぎて聞こえない。 |