応接室でいつもと同じ様に仕事をしているのだが、今日は酷く落ち着かない気分だ。
放課後のこの時間も、僕と同様にいつもとなんら変わらない様子で流れているというのに (からっぽの教室と部活に汗を流す者でいっぱいの体育館とグラウンド。 それに楽器の音と、ときたま澄んだソプラノの笑い声が混じって聞こえてくる音楽室……。 それぞれ毎日多少違えど、大体毎日同じ様に消化していくのだ。 青春を昇華してる、なんて言ってみたとしたら僕は少しばかりキザだとか思われるだろうか……? それともただのしょうもない戯言という扱いになるだけかい?) 草壁だけがいつもと違う。
そわそわしていて、チラチラ僕の方を見てくる。 そのチラ見の仕方がものすごく卑屈なもんだから、僕は尚更イライラする。





「(……煩わしいなぁ。)」





仕事に集中できない。さっきから、目が同じ所ばかりたどっている。





「草壁。」



「は、はい!」



「僕に何か言いたいことがあるんなら、さっさと言え。鬱陶しい。」



「はいすいませんでした!あの……」





草壁は言葉に詰まるともじもじした。
はっきり言って気持ち悪い。汚物だ。目も当てられない。と僕は思った。





「だから何?はっきりしないと咬み殺すよ。」



「すいません!あの、今日はあの……その、委員長の記念日なのに仕事なんてしてていいんですか?」



「草壁、今お前風紀委員会の仕事馬鹿にした?」



「いえっ!そんなつもりは



「じゃあどんなつもりなわけ?」



「女性の方は記念日を大事にされます。」



「だから?質問に答えていないんだけど。」



「すいません。風紀委員会の仕事は明日でも構わないはずですし、何なら私が片付けておきます。 委員長も、今日はせっかくの交際記念日なのですから何かなさった方がいいのではないでしょうか?」





草壁はここまで言うと急に元気がなくなって、さしでかましいことを言って申し訳ありませんでした。なんて蚊の鳴くような声で言った。 (艶に欠けて気持ち悪いだけだと僕は心底思う。)





「……じゃあ僕は具体的に何をしたらいいんだい?」





僕は言ってから聞く相手を間違えたなぁ。と思ったのだが、草壁は一瞬戸惑った表情をしただけで「花を贈ってみてはいかがです?」とごく普通に答えた。





「……そんなのでいいの?」



「凝った演出なんかでも喜ばれますが、別に要は気持ちの問題のようですよ。それに今は時間がありませんし……。」





語尾をごにょごにょとはぐらかすようにして草壁は言った。
……気色悪い。
けれども草壁の言うことにも一理あるなぁと僕は思い直すと、僕は机の上に置かれた書類や筆箱を片付け始める。
チラリ、と草壁の方を窺うと心なしか嬉しそうである。





「……やりたかったら仕事しててもいいよ。僕は帰るから。」



「かしこまりました。」





どこか楽しげな草壁を残して僕は学校を出る。
なんだか悔しいような気がするのはなぜだろうか……?






























学校から さんの自宅までの道中に花屋があるのは知っていたが、入ったことはなかったし、まさか自分がお世話になるなんて考えてもいなかった。
チューリップ、ペチュニア、パンジー、カサブランカ……etc
花に関してほとんど知識がないに等しい僕にとっては名前を知っている花の方が稀で、名前を知らない花ばかりがずらりと並んでいる。










「何かお探しですか?」



「うぇ!?あ……は、い?」





いきなり店員の女性に声をかけられて、どっきり。僕は思わずそう言ってしまった。
……恥ずかしいなぁ。
まだ顔は熱いし、どきどきしている。





「彼女さんへプレゼントですか?」





僕が恥ずかしくて黙っていたら、羨ましいですねー!とにこにこしながら言った。





「こちらなんかどうでしょうか?」





きっと僕みたいな男が多いのだろう、彼女はにこにこてきぱききれいな花を選んで僕に見せ始めた。
僕はどう選べばいいのかわからないし( さんに好きな花の一つでも聞いておけばよかった。)彼女が選んでくれた花々はきれいだったので、 僕は頷いて「じゃあそれで。」と言った。
店内をうろうろさまよっている時間が長かったせいか、いつの間にか時間は大分たっていた。
代金の支払いを済ませると、彼女は手早く花束へと変身させて、僕に手渡してくれた。
それを済ませると、彼女はチラリと時計を見て、いそいそと表に出してあった花を片付け始めた。
僕はその姿に何か引っ掛かるものをおぼえて時計を見た。
よく考えれば今日は さんが塾に通う日で、しかももうあと30分ほどでいつも彼女が家を出る時間だった。
僕は慌てて駆け出した。






























僕は息を整えると、いつもと違い、楽しみ半分、緊張と不安を足し合わせて半分、みたいな心持ちで僕は さんの家のインターホンを押した。
僕の姿を確認したのか、 さんは「雲雀君!!」と声を上げた。 (僕としては さんにはそろそろ名字呼びを卒業してほしいんだけど……。上手くいかないなあ。/ 僕が さん さん言ってるのに、悲しいかな、彼女はいっこうに気付いてくれない。)





「いらっしゃい!どうしたの?急に。」





玄関を開けるなりそう言った さんは、上がってよー。と言った。
僕はどうすればいいのかわからず、タイミングなんて図らずに花束を渡した。
当然、彼女は頬を染め、驚いた表情をした。





「今日が1ヶ月記念日だから?」





さんはひどく嬉しそうな表情で、花束を大事そうに抱えた。





「雲雀君、こういうことにあんまり関心なさそうだなぁって思ってたのに。」





僕は照れくさくて相槌を打つことさえできない。





「それより今日塾なんじゃないの?」



「雲雀君にね、ちょっと期待してたから……」





期待してたから……?





「休んじゃった。」



「ダメじゃないか。」





僕はそう言いながらも さんの言葉が嬉しくて、そう強く怒れない。
さんもそれを知ってかにこにことしていて、笑顔を絶やさない。





「雲雀君この花自分で選んでくれたの?」



「いや……店員の方が……。」





僕がそう言うと、 さんは少し残念そうな溜息をついた。





「ちょっと期待し過ぎちゃったじゃん。」



「何で?」



「この花知ってる?」





僕は首を横に振った。





「カトレア。花言葉は純粋な愛。」










花を抱いて走る
君のもとへ!










「雲雀君はそんな積極的じゃないかー。」と言って さんは笑った。
僕は恥ずかしいのを必死で抑えて、彼女の耳元で「あながち間違ってないよ。」と言ってあげる。
顔を真っ赤にした さんの「恭弥君のばかっ!」という言葉が嬉し過ぎて耳から離れない。










企画・恋とリナリアに『花を抱いて走る(君のもとへ!)』として提出。
紅様、ステキな企画をありがとうございました。
遅筆で本っ当にすいません……!!