風を切る。 耳元で響く音はビュンビュンいっている。 あっ、今だってまた前を走っていた白いセダンを追い抜かした。 彼の背中でスピードメーターなんて見えないけれど、制限速度なんてとうに越えてること位は容易に想像できた。 ただでさえ私はバイクなんて初体験なのに、彼の運転はこの通り、予想通りに荒い。 おかげで私はされるがまま。怖くて口も利けない。 ブカブカのヘルメットが落ちそうでもっと怖い。 落ちたら彼は何て言う? 『おっちょこちょいだね。注意力が散漫なんだよ』 いや、彼に限ってそんなこと言わない。 『何?今の音。まさか僕のヘルメット落としたの? それじゃあ今此処で僕に噛み殺されても文句は言えないよ?』 ……うん。彼はきっとこんな感じだろう。 「どうしたんだい?やけに静かだけど。もしかしてバイクは初めて?」 今の今まで無言で彼は運転し続けていたのに、突然話しかけられて私は当然のことながら驚く。 普段なら造作もなく飛び出る言葉が今は出てこない。 バイクのあまりの速さに私の頭は混乱させられているからだろうか。 でも理由はそれだけじゃない。 お互い顔が見えなくて良かったと心底思う。 だって2人揃って何だかおかしくなってしまったみたいだから。私は真っ赤な顔。彼は…… 「ねぇ、聞いてるの?」 彼の声に棘が混ざる。私はそれにビクリと反応する。 その私の反応にまるで呼応したかのように、彼の身体もピクリと、微かに、でも確かに震えた。 バイクは更に速度を上げる。 ヴン……という音と共にまた前の車を追い抜かす。 今度は赤のワゴン車。車に疎い私には車種はわかんない。 「聞いてる。聞いてる。」 「2回繰り返して言うのって嘘だからだよ。知ってた?」 「知らないし、それは間違ってる。」 いや、間違ってるのは私の皮膚感覚なのかもしれない。 だってこんな彼を見たことない。感じたことない。 いつもの余裕綽々な彼は一体どこ? バイクのあまりの速さに、風圧に、吹き飛ばされたのかもしれないとさえ思う。 いつもの彼はずっとずっと、後方にいるような気がする。 「ふーん。 僕が言うことが間違ってるとか は言うんだ?」 「雲雀が嘘をつかれただけよ。」 「それは君が嘘をついているという意味でかい?」 あぁ、嘘をついているのは彼方だよ、雲雀。 こんなにも心臓が私の、彼方に絡めた指の近くで鳴っているというのに、あなたの声には不機嫌以外何も滲まない。 「私があなたの話を無視するわけないでしょ?」 だって好きなんだもの。 「その言葉が嘘だ。」 上がる彼の心拍数。 心臓が脈打ち私の指へと伝わると、連動して私の胸も高鳴る。 風が顔を切る。 未だにビュンビュンという音は止まない。むしろ激しくなっている。 バイクって時速何キロ位のスピードが出せるんだろうか? すでに速度は限界に近いのだろう。 あのワゴン車を追い抜いてからは速度は一向に上がらない。 風が私の顔を冷やしてくれるかと思ったけど。私の温度は一向に下がらなくて、 むしろ私の周りの風が生ぬるくなっているようにさえ感じられる。 熱のせいにして、雲雀の、意外にも広い背中にピタリと身体をつける。 ギュッと彼にしがみつく力を強くすると、彼はビクリと身を震わせる。 彼の体温も少しは上がったのだろうか? 「もうそんなことどっちだっていいよ。めんどくさい。」 そう呟いて私は顔を彼の背中に埋める。 |
Dear 夢幻花*** 愛を込めて。 臨界点:あまりの熱の高さに物質が液体とも固体とも言えない物になってしまう温度。 |