家庭教師というのは面倒な仕事だけど、その面倒なことをこなすこと以上に高額な報酬と、かわいい教え子の成長が嬉しいのとのおかげで、 あたしは大変よい職業だなぁ、とそのかわいい教え子の家から帰るときに思う。
ま、あくまで一人自分会議の中でだけど。
友達みんな塾講師ばっかだからそんな『アンチ!!大手塾、ビバ☆★家庭教師』みたいなことを公の場で言うなんてあたしにはとてもできないけど。




















そんな家庭教師歴2年目、今の子で5人目のひよっ子ともベテランとも言いがたいこの職業をすっかり愛しちゃってるあたしだが、 特に今教えてる子は本当にかわいいと実は思ってる。
その子はふうたくんという子なのだが、わけあって小学校まで学校には通っていなかったらしい。
(そのせいかいつものんびりマイペースである。それこそ羨ましくなるほど。)
ちなみにしかも、ふうたくんが住んでいるのは自分お家ではなくて、ずっと居候をしているらしい。
だからふうたくんの住んでいるお家の表札には『沢田』と書いているのであるのだけれど、ふうた君の名字はどうやら沢田ではないらしくって、 だから、名字のことを聞いたときには、ふうたくんにあたしは困った顔をされてしまった。
それで、あたしはそれ以来そのことについては聞いていないし、触れてもいない。
ただ1つ言えるのは、沢田さんのお宅にはどうやらふうたくんのほかにもたくさんの居候がいるらしくって (どうやらふうた君のほかにもあと4人はいるようだ。) ふうたくんは名字のことはともかく、居候のことについてはあまり気にしていないらしかった。
いやーよかったよかった。
……とまぁここまで聞いていただければみなさんなんとなくおわかりになるかとは思いますが、あたしはふうた君に生徒以上の感情を抱いてしまったようなんです。
同情からなのか、単なる好意(男女間の、なのかも含めた上で)であるかということはあたしにもわからないんだけど。
だいたいふうた君がかわいすぎるんだよー。なんだよー、あんな17歳なんてなしだろー。
……実はあたしと3つしか変わらないよ。全然これはおっけーだろー。
……生徒とセンセイ、の関係じゃなかったら。






























ねえ。」



先生でしょ。」





別にそんなこと言ってほしいなんてちっとも思ってないのに、あたしは参考書から顔を上げるとふざけて言った。
ふうたくんはあたしの意図を汲まないで「 先生。」と真面目に照れた様子で言った。
ねえ、なんて言って慕ってくれるふうたくん。 素直でなんてかわいいんでしょう。 せっかく自分を戒めたというのに、これじゃあもう……。)





「この問題わかんない。」





ふうたくんはあたしにテキストを差し出しつつそう言った。





「ここ?」





あたしが聞くとうん、と女のあたしよりもずっとかわいらしく頷くふうたくん。
彼の手元にあるノートをちらりと覗くと、そこには色々書いてあって、あたしはなんだか少し申し訳ない気分になる。
あたしがふうたくんかわいいふうたくんかわいいなんてたいそう不純なことを考えている間に、彼は自分の知識を総動員して問題に立ち向かっていたのである。





「……ごめんね。」



「え?」



「ううん、何でもないよ。ここの問題はねー……






























「じゃあね。ふうたくん。しっかり今日の復習しといてね。」





あたしがそう言うと、ふうたくんはにこにこ笑いながら「はい。」と言った。
またもかわいい。





「じゃあね、 ねえ。また来週の授業も僕待ってるから。」





嬉しいことを言ってくれたふうたくんは、いつものように手を振って見送ってくれている。
あたしは今度はふうたくんが『 ねえ』と呼んだのを訂正しないで、手を振って応じた。





「ばいばい。」





とても名残惜しい。




















あたしは帰り際のふうたくんの表情を思い浮かべながら、悶々と独り脳内自分会議。
自転車のシャラシャラいう音が夜道に響いていた。





「なんか忘れ物でもしてくればよかったなぁ。」





そんな呟きはあたしの口からはき出された白い息と一緒に澄んだ夜の闇に溶けて消えた。





「(来週までなんて待てないよ。)」



名もなき心情