車内にはやたらポップな調子の曲が流れている。 お気に入りのアルバムであるらしく、あたしの隣でコロネロはずっとそれを口ずさみながら運転している。 時折歌詞を忘れたのか、声が途切れることもあるけれど、そんなのは気にしない。
快晴。気分は上々。










海岸通り










コロネロの運転は少し粗雑というか、荒い。 まぁ、予想通りと言ってしまえばその通りなのだけど、とにかくほんの少しばかり荒い。 例えば車を出すときにぐんっと体が後ろに吸い寄せられてしまうような急発進で出してみたり、 逆に止まるときは体が前のめりになってしまうような急ブレーキをかけてみたり……。 時には体が傾くほどドリフトしてみたり、とちょっと強引。 イタリア人にはそういう運転をする人が多いとはいうけれど、コロネロは特に酷い。 運転に性格が出てると思う。(運転中、速度が制限速度の20〜30キロオーバーな所とか特に。)
単純だなぁなんて思いながらそんな所も好き、だなんてこっぱずかしいことを考えている自分がいる。
あたしの方がよっぽど単純なのかもしれない。
窓の外では次々と景色が流れている。空の青さは背景としてじゃなくそこに存在していた。




















「起きろコラ。」





突然のコロネロの声でようやくそれまで自分が眠っていた事実に気付く。
ゆっくりと目を開けると本当に、読んで字のごとく目の前にコロネロの顔があった。(具体的数値だと5センチって所だろうか……?)
うわっと乙女らしからぬ声が出てしまう。 (あっもしかしてあたしは乙女にはカウントされないのか……?) 途端に顔はすっと遠退いた。





「な、何してたの!?むしろ何しようとしてたの!?」



「何って……キス?」



「目的地到着っ!ってときに寝ていた彼女に対する行動が!?」



「いや……目ぇ覚めるかと思って?」





聞かれても困るし!という突っ込みをあたしは飲み込むとドアを開けて外に出た。 そこでやっと





「ねぇ……ここ、どこ?」





目的地が変更されていたことに気付いた。
目覚めからドッキリだったせいで今更気付くとは思っていなかった。 というかまさかこんなことを思うなんて全く予想していなかった。なんて強引な奴だ。コロネロ。溜め息が漏れる。ちょっと泣きたいなぁなんて思ったり。





「いいじゃねぇか。コラ。市場なんかまた来ればいいと思うぜ。コラ。」





いい食材買って美味しい食べ物作ってやるぜ☆★っていう乙女心がわからない奴だ。コロネロは。 (あっもしかしてあたしは乙女にはカウントされないのか……?) 加えて開き直っている。言い方も酷い。





「まぁいいから来い。」





強引にあたしの腕を取ると引っ張っていく。 その瞬間にほんの少し潮の香りが鼻をついて、あぁここは海だったんだ。とあたしはやっと気付いた。
リゾート地が職場の彼が海に来たがるなんてどんな神経してるんだ、とあたしは内心毒づく。海なんて充分でしょ?って。










……なんて言った癖に、海なんて本っ当に久し振りだったあたしは結構嬉しく思ってしまった。怒ってしまった手前、素直に言えないけど。
だから「きれいだろ?」とか「冬の海も悪くないぜ。」とか話し掛けてくれてるコロネロに背を向けて、海岸線を歩く。 どんどんどんどん離れて行っているというのに、彼は何も言わなくなった。
さっきのあたしの様子を察したんだろうか……?
珍しい。
でもやっぱり乙女心はわかってない。





「あっ……。」





あたしは思わず声を上げてしまった。 直後にじわりと冷たい感覚が足にきた。気持ち悪い、が、懐かしさを含んでいて、童心を思い出させる。
あたしはスニーカーを脱いで裸足になった。





「コロネロ!」





そう言って振り返ると、ぎょっとしたような顔で、びくっという動きでこっちを見たコロネロがいた。 流木を片手にしゃがんでいる彼はとんでもなく怪しい。





「何してんの……?」





あたしがそう言って近付いて行くと、コロネロはあたしに背中を見せることで隠した。
あたしは何か良からぬことをしていると確信して、コロネロが必死で隠していた何かを覗き見た。
ら、





「な、な、」



「……だから見せたくなかったんだよ……。」





キャラと違ぇし……。とコロネロは言うと照れくさそうに言って頭をかいた。
足元に隠されていたのはあたしとコロネロの名前が入った相合い傘だとか、ぶさいくな形のハートだとか、彼からは結び付きそうにない物だった。 彼の足の下にある先端にだけ砂が付いた木の枝があたしには愛しく思えてきた。





「(ばか!こんなの嬉しいに決まってるでしょ!!)」





そっぽを向いてしまった彼の方を見ながらあたしは心の中でありがとうの気持ちを込めて言った。










「これ貸して。」





そう言ってあたしはお返しにコロネロから砂の付いた木の枝を取り上げると、大きな相合い傘を描いた。 それこそ人くらいの大きさの奴。コロネロは困惑の表情を浮かべている。





「手、繋いで。」





疑問符を頭に浮かべながらも付き合ってくれるコロネロがあたしはどうしようもなく愛しい。 そしてあたしは好きの気持ちをいっぱい抱えながら、傘の中に仰向きに倒れた。
空が抜けるような青をしている。ずっとずっと続いている。





「なんかあたしたち今テレビでしかやらないようなことしてるよ、恥ずかしい……。」



「自分でやっていて何言ってるんだコラ。」



「いや、なんていうか勢いだったからさ。」





自分でも反省してます。と言うとコロネロは苦笑した。





「オレは結構こういうベタなのも好きだぜ?」





まぁお前とだからできるんだけど。
そう続けるとコロネロはそろそろ帰るかあと呟いた。繋いだ手が一瞬だけ強く握られたのが、堪らなく恋しいと思った。










あの空みたいに永遠に今この時が続けばいい。使い古された表現かもしんない。 安っぽい言い方かもしんない。でもあたしは心そうから思った。