千種と喧嘩してしまった。
今度の記念日に千種のバイトが急に入ってしまって、予定していたデート (同棲しておいてデートなんて言うのもなんだか変な感じがするのだが……。) が流れてしまったのである。 千種は謝ってくれたのに、あのときのあたしはどうにもそれが許せなかったらしく、大喧嘩になってしまったのである。
今思えば恥ずかしい以外の何物でもない位のことだ。本当に些細なこと。
その程度のことだったのに、あたしは啖呵切ってしまい、バイトが終わって2時間が経過してしまった今も恥ずかしくて家へ戻れずにいる。




















何もすることがなくて、喫茶店で本をぼんやりと読みながら (文字は追えてるしページも捲っているけれど、さっきからどうにも内容が頭に入ってこない。) これからどうするか考えているとケータイのバイブが鳴った。 テーブルの上でブルブルと小刻みに震動している。 千種からかな、と期待しながら出ると「 〜?」という犬ちゃんの声が耳に入ってきた。





「こんな時間にどうしたの?」



「どうしたかはこっちが聞きたいびょん。さっき柿ピーから電話があっておまえを捜してたんらよ。」



「……うん。」



「……もしかしてけんかでもした?」





あたしが黙っていると、犬は「やっぱりなぁ〜。」と得意気に言った。





「柿ピー元気なかったんらぞ。」



「……う、ん。」



「早く帰ってやれよ。柿ピー、めんどくさいって今日はいっかいも言わなかったんらからな。」





じゃ、と犬は言うとあたしが声を出す間もなく電話を切ってしまった。





「あたし何にも言ってないじゃんよー。」





あたしは呟くと、コーヒーに口をつけた。





「冷めちゃってる。」





そう言い聞かせるように呟くと、あたしは立ち上がった。






























「ただいま……。」





鍵がかかっていないドアを開けてこっそりとまるで泥棒か何かが忍び込むみたいに入ると、あたしはここの住人であることを思い出したかのように呟いた。
リビングに入ると千種は電話をしていて、あたしの方を見ると驚いたらしく、 目を見開いたかと思うと電話の相手に「帰ってきたので、切ります。」とだけ言って、あたしの方に向かってきた。 口をぎゅっと結んでこっちにきた千種を見て、あたしは反射的に目を瞑ってしまった。










ぎゅうっ。










あたしが目を瞑ったかと思うとすぐに、温かい腕の中に抱きすくめられた。





「千種……。」



「心配、したんだからね。」





千種はそう言うとあたしをゆっくりと解放した。





「ごめんね。」





そう言って顔を上げると、千種は感情の起伏があまり感じられない表情のまま、ぽろり。ときれいな、それこそ真珠みたいに無垢な涙を1粒零した。
千種は自分でも驚いたらしく、わ。と言ってすぐに拭いてしまった。





「(……もったいなかったなぁ。)」



「……バイト、先輩に替わってもらったから。」



「……へ?」



「バイトだよ。別の日に替わってもらったから。」





あたしはやっと千種の言葉を飲み込むと、今度は自分から千種を抱き締めた。ぎゅうっ、と。
あたしが隠した涙が乾いた頃、千種は「…… 、ちょっと苦しい。」と優しく言った。










隠した