「ねぇ、 ……。」





ベルはそう優しく呟くと、ソファーに座ってDVDを見ていたあたしに抱きついてきた。










欲情カタルシス










「悪いけどあたし今DVD見てるの。」





あたしはそう言ってベルの手を優しく払った。テレビからは10分前位から静かな音が流れ続けている。 アクションだったはずなのになぁと思いながらもあたしは見続ける。期待外れ、と決めつけるにはまだ早い。





「ねぇ、 ……。」





ベルは懲りずにまたあたしに抱きついてきた。 今度は背後からだ。あたしの左側にはベルの端整な顔があって、息が僅かにかかる。 嫌だな。なんか、えっち、な感じだ。耳を舐めてきそうな気配までする。





「ベル。さっきから言ってるけど、あたし今DVD見てるの。そうやってされると鬱陶しいんだけど。」





あたしは軽く苛立ちながら左を向くと言った。それを聞くとベルは口を尖らせて不満そうな顔をした。いや、不満そうな顔を造った。





「ふーん。意外だね。」



「何が?」





あたしが不機嫌を露にして言っているというのに、ベルはさっきの造られた不機嫌そうな顔から、 口角が上げられてにやりと笑ったような顔に、ころりと表情を変えると言った。





もこんなの見るんだね。」



「こんなのってどんな」



『あぁ……ん』



「……。」





まさかの濡れ場のスタートに唖然とするあたし。 あまりにも気まずくって思わず凍ってしまったあたしに対して、ベルはというとシシシといつものあの嫌な笑い声を上げている。意地悪な奴だ。





「こんなんだって、もしかして は知らなかった?」





笑いながら自然な流れを装ってベルはあたしの腰にするりと腕を巻き付けた。 ベル、あんたいつの間にこっちに来たんだ。 呆然としてる間にもテレビの中では濡れ場が着々と進んでいる。 『いやぁ……ぁ』っておいおい話題のアクション超大作じゃなかったのか。 何なんだこのシーン、は。あたし、こんなのがあるなんて聞いてないってば。





「いいじゃん。あんなの放っておけば。」





ベルの言葉で我に返ったあたし。
あぁそうか。このシーンを飛ばせばいいのか。
たまにはベルもいいこと言うなぁと思ってリモコンを取ると、ベルはあたしの手からリモコンを取り上げた。 自分で言っておきながら何をするんだ、お前は。





「返して。」



「ヤダ。」





そう言うとベルは遠くへリモコンを投げてしまった。ガンともカランとも言い難い、乾いた音が響いた。絶対フローリングに傷ついたし。





「何でそういうことするかなぁ。」





苛立ってるあたしを見てもまだベルは笑顔。頭おかしいんじゃないか。……って今更か。





「今は にはDVDよりもこっちに集中してほしいの。」





無邪気そうに言うとあたしのブラウスのボタンに手をかける。あの、やってることには無邪気さの欠片もないんですけど、王子。










3つ目のボタンに手をかけられた。あぁこれはまずい。ベルは本当に、やる気。





「やめてよ……もう。」





そう言ってあたしがくるりと背を向けると思いの外するりと腕から逃れられた。 ベルは何だよーまだ何もしてないじゃーんと駄々っ子のような声を上げた。 いやいや、ボタン外したじゃん。やる気マンマンじゃないですか。





「どこ行くんだよ。」



「お風呂!!あんたのせいで汗かいちゃったから!!」





あたしがさっきより強く言ったからか、ベルは不機嫌そうな顔をしたけれど、ソファーに横になったまま動かないでいてくれた。





「DVDはどうすんの?」



「……適当なトコで止めといてくれると嬉しい。」





はいはーいというやる気のない返事と同時に『ぁ、や……あ』というテレビからの声が背中の方から聞こえた。






























バスタブにお湯をはる。嫌な気分を払拭するために珍しく泡風呂になんてしてみる。 ふわふわと不思議な感触が指にある。香いもいつもと違うから違うお風呂に入ってるみたいで少し楽しい。





「なぁ 。」



「……何?」





ベルが脱衣場から声をかける。いい気分がほんの少し、壊された感じだ。不機嫌を露にしてあたしは答えた。





「オレも入るから」



「!?」





声をあげる前にすでにベルは中に入ってきていて(そして当然のことだけど、ベルはぜ、全裸、だ)、キャーとかかわいい声で言うところ何だろうけど、 あたしは「何入ってきてんのよ!?」と後ろを向きながら言った。





「何で、って……。あんなの見せられたからシたくなっちまったんだよ。」



「だからって……」



「っていうか何後ろ向いてんの?もう全部見たんだし、今更じゃん。」





直後にシャーというシャワーの音がし、黙るあたし。こうなったら止められないのだ。 のぼせるんじゃないかと思う位顔が熱くなる反面、サーっと血が引くような不思議な感覚。 あぁぁって叫び声だけが頭の中に流れる。他に何も考えられない。 そんな風にあたしがなっている間にベルはとぷっという音をたててバスタブに侵入してきた。 背後に気配を感じる、というか、あの、なんで





「後ろから抱きつくんですか……?」



「したいから。」



そうじゃなくて。










「かたくなんなよ。もう何回もシたじゃん。」





吐息が耳にかかる。びくりとしたあたしの身体に合わせて、ちゃぷ、とお湯が揺れて音を立てた。





「だからさっきから嫌だって言ってるでしょ!!」





あまりに恥ずかしくて水面をばしゃりと手で打ったら、思いの外勢いよくお湯は跳ねた。 お湯のしたたるサーっという音が背後から聞こる。 そぉっと振り返ると、前髪だけを酷く濡らしたベルがいた。濡れて毛束になった隙間からは普段見られない目が覗いている。





「あっ……その、ご、ごめん。」



「……。」





何も話さないのが一番怖い。





「あの、その……わざと、ではなくって事故っていうか……」



「そんなに嫌だった?」



「え?」



「するの、 はそんなに嫌だったのか、って聞いてるんだよ。」



「どうしたの、ベル……?」



「どうしたのか聞きたいのはオレの方だし……。」





王子かっこわる……と言うとベルはあたしから幾分か身体を離した。その動きは妙にいじらしくてベルらしくなく、あたしをひどく不安にさせた。





「ベル……?」



「オレさ、たしかにいじめんのとか、好きだよ。面白いしさ。」





あたしはベルが何を言わんとしているのかがまだわからない。





「けど……。」





あたしは、けど、が浴場の中をやけに反響した気がした。"タメ"が長かったからだろうか……?





「本当に好きなやつには優しくしたいってオレだって思ってるんだよ。」





あぁ王子かっこわるーともう1度言ってベルはぶくぶくしながら浴槽に顔を浸けた。
ほんとにかっこわるいのはあたしだよ、ベルの気なんて少しも知らずに。 なんて思ってたらザバァッと音をたててベルは顔を出した。





「オレ、先に上がるから。」



「うん……。」










浴場・カタルシス










「ねぇ、ベル。」



「何?」



「すぐにあたしも上がるから脱いだまま待っててね。」










欲情カタルシス?










「そういえば から誘ってきたのって初めてだったな。」



「……。」





さっき見そびれたDVDを並んで見ていたらベルはしみじみと言った。 ちなみにシーンは濡れ場の直前である。 ベルの口元が笑っているようにあたしには見えて、濡れ場が近付いたことかあたしが誘ったことどっちがウレシかったんだろうと疑問に思う。





「ねぇベル。」



「ん?」



「次のシーンとばしていい?」



「え、やだ。」



「え……何?」



「つけながらしたら面白そうだから……?」





事後の憂鬱。










欲情カタルシス